鶴ちゃんの気まぐれ日記

コルンゴルトをこよなく愛する作曲家、鶴ちゃんのページです

2007年06月

「オペラ座の怪人」(7)

これは、オペラ座の怪人「番外編」とでも言うべきか? これが7本目。
phantomparadiso_m.jpgムービーオペラ座の怪人をベースにした、ロックバージョン「ファントム・オブ・パラダイス」を観た。
1974年の作品で、監督はブライアン・デ・パルマ監督
音楽担当がポール・ウイリアムス、自ら出演もしている。

Wikipediaのオペラ座の怪人のページ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A9%E5%BA%A7%E3%81%AE%E6%80%AA%E4%BA%BAに、内容も紹介されている。

主人公の「怪人」はロックオペラ「ファウスト」を作曲している。他の映画でグノーの歌劇「ファウスト」を取り上げているのに対応している。また、怪人が自作を盗まれてしまい復讐するというストーリー構成は1943年のアーサー・ルービン監督のものに符合する。また、黒幕の人物がいつまでも若く歳をとらないという部分(他のバージョンにはない)は、オスカ-・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」をパクっていると思われるし・・・・
原作と同じく、劇場でのヒロインの出世話(シンデレラ・ストーリー)がこのロックバージョンでも踏襲されているのだが、その女主人公が歌う歌詞の中に、「永遠の生命の流れの中で幾世代にもわたって私とあなたの愛は永遠なのだ」というような部分があるのだが、この歌詞の内容が1989年に作られたホラー映画バージョンの中で使われているように思われる。

・・・ふむふむ,なかなか・・・うふふふ・・・・

というわけで、鶴ちゃんは他のバージョンをいろいろと観ているので、比較しながら楽しんで観ることが出来た。しかし、この映画だけを見ても十分楽しめると思う。
なるほど、ザ、ロック・バージョン・・・という感じ、お見事!。

「コルンゴルト論」序説(2)

korngold.gif音符コルンゴルトはどのような作曲家だったのだろうか?
その一生を大雑把に紹介すると・・・

音符子供のころから音楽的才能を発揮し、早熟な天才作曲家としてマーラーやリヒャルトシュトラウスも舌を巻くほどの見事な作曲をした。20代ではオペラ作曲家としても大成功を収めた。30代後半から映画音楽の仕事を始めた。映画音楽にのめりこむつもりはなかったのだが、ナチス・ドイツによるオーストリア併合などの社会情勢に追われ、やむなくハリウッドに住んで映画音楽作曲家としての生活を続け、その分野でも輝かしい成功を収めた。第2次世界大戦終了後は映画と縁を切り、純音楽の作曲家としての歩みを再開する。ウイーンへの帰国を試みるが、そのころすでにウイーンの聴衆はコルンゴルトの存在を忘れてしまっていた。失意の晩年をハリウッドで送り、1957年11月に死去。今年が没後50周年に当たる。

本もう少し詳しいことは、「コルンゴルトとその時代」の著者、早崎隆志氏のホームページをご覧ください。
http://www.tcat.ne.jp/~eden/FC/Korngold.htm

コルンゴルトの音楽は、後期ロマン派の音楽の延長として、とても色彩的で華やかで、生き生きとした豊かな表現力を持った音楽である。いま聴いてもなかなか魅力的な音楽が多い。このような音楽がなぜ「埋もれてしまった」のか?。

戦後、クラシック音楽の作曲家としてのコルンゴルトの存在が忘れられてしまっていた主な理由として、
譜面1つ目は、20世紀に無調音楽などによる前衛的な現代音楽が発展を遂げ、コルンゴルトの音楽は同時代の音楽の中で「時代遅れ」な音楽とされてしまったこと。
2つ目に、映画音楽の作曲家として成功を収めたことにより、「商業主義に魂を売ってしまった」と芸術音楽の分野から白眼視されてしまったこと、などが主な理由として挙げられる。


譜面この一つ目の理由に追加するものとして、さらに次のような側面も挙げられるかもしれない。
3、戦時中ナチスドイツが、前衛的な手法で作曲されたものや、ユダヤ人作曲家による作品を取り上げて「退廃音楽」としてさらし者にしたり、楽譜を焼くなどのひどいことをしたことがあった。その反動として「前衛的音楽に対して拒否的な態度をとる」ことが、ナチスのような「悪」であるかのごとき風潮ができてしまった。
4、ソ連が「社会主義リアリズム」として、芸術家たちに「大衆に理解され受け入れられる」表現を求めたことがあった。それへの反動として、東西冷戦時代において西側諸国では「大衆に理解され受け入れやすい」音楽を書くものは「共産主義の音楽のようだ」と馬鹿にされる風潮ができてしまった。

芸術に新たな表現の可能性を求めるという「純粋な理由」もあったかもしれないが、3や4の理由などが大きかったせいか、戦後の芸術音楽における作曲分野(つまり「現代音楽」)では「美しい、わかりやすい音楽」は求められず(調性音楽を書くと馬鹿にされ)、不協和音の連続で大衆からは「汚い音」「まったくわからない」としか思えないような音楽が、「芸術」として追求され、生み続けられてきた。もちろん、専門的な勉強をした人には、不協和音の中にも「美しさ」は感じ取ることはできる。しかし、普通の人々にはわからない・・・現代音楽はしだいに「聴衆」を失っていった。
そのような時代の中で、コルンゴルトの音楽は永く忘れられていたのだが・・・、最近はやや復権されつつある。

音符作曲家のはしくれ鶴ちゃんは、ずっと「調性感のある音楽」を作ってきた。無調音楽風に聴こえる「真理子抄」でさえ、調性へと集約してゆく。音楽を耳から覚えた鶴ちゃんは、「気持ちよく聴ける音楽」「聴いてわかる音楽」が常に目標だったので、理論的側面の優先する無調音楽についてはあまり関心を持たなかった。大学卒業のとき恩師がウイーンへの留学を勧めてくれたのだが、当時「ウイーン留学」は当然「12音技法を学ぶ」ことを意味していたので、断ってしまった。(デュティーユのいるフランスには留学したかった)

最近では現代音楽の世界でも「調性」は復権しつつある。「無調」による「表現の可能性の拡大」は悪いことではなかったが、なにも、「調性をすべて否定する」必要はなかった、というわけだ。
調性感のある音楽を、ポピュラー音楽や商業音楽、教育分野の音楽だけにまかせておいて、芸術分野の新しい音楽はすべて「無調でなければならない」理由などはじめからなかったのだ(!!!)

音符鶴ちゃんは、コルンゴルトの音楽を永い間葬り去ってきた、これまでの「新しい音楽は無調音楽」という現代音楽界の風潮に対して怒りを込め、コルンゴルトの音楽を真剣に研究してゆきたい。そして、自分も「聴いてわかる新しい音楽」「良い音楽」を、もっともっと作ってゆきたいと思っている。

「コルンゴルト論」序説(1)

korngoldbook.jpg譜面コルンゴルトというあまり知られていない作曲家について、鶴ちゃんは強い関心を持ちその作品を研究しようとしています。ここのブログを読んでいる方々にもコルンゴルトについて少しは知っていただきたいと思い、鶴ちゃんなりの紹介をしてみようと思います。
鶴ちゃんがはじめにコルンゴルトについての情報をインターネットから得たのは次のサイトです。

http://www.tcat.ne.jp/~eden/FC/Korngold.htm



まずは<時代背景>から
コルンゴルトがいつ頃の人か?、これを「作曲家の生まれた年」をもとに前後を見渡してみるとしましょう。

1881年 バルトーク(ハンガリー)
1882年 ストラビンスキー(ロシア)
1883年 ウェーベルン(オーストリア)
1885年 アルバン・ベルク(オーストリア)
1887年 ヴィラ・ロボス(ブラジル)
1891年 プロコフィエフ(ロシア)
1895年 ヒンデミット(ドイツ)
1897年 コルンゴルト(オーストリア近郊)
1898年 ガーシュイン(アメリカ)
1899年 プーランク(フランス)
1900年 クルト・ワイル(ドイツ)
1906年 ショスタコービッチ(ロシア)
1908年 メシアン(フランス)
1912年 ジョン・ケージ(アメリカ)
1913年 ブリテン(イギリス)

(「あれ、あの人は?」と思う人がいれば、ご自身でお調べください)笑顔

次に、「作品の発表された年」をもとにして、コルンゴルトの時代の周りを見渡してみるとしましょう。

1898年 「英雄の生涯」(R.シュトラウス)
1899年 「清められた夜」(シェーンベルク)
1901年 「ピアノ協奏曲第2番」(ラフマニノフ)
1907年 「千人の交響曲」(マーラー)
1910年 「薔薇の騎士」(R.シュトラウス)
1010年 「雪だるま」(コルンゴルト、13才でデビュー)
1911年 「春の祭典」(ストラビンスキー)
1912年 「月に憑かれたピエロ」(シェーンベルク、無調音楽の創始的作品)
1918年 「惑星」(ホルスト)
1920年 歌劇「死の都」(コルンゴルトの代表作オペラ)
1923年 「抒情交響曲」(ツェムリンスキー=コルンゴルトの師)
1924年 「ラプソディー・イン・ブルー」(ガーシュイン)
1925年 歌劇「ヴォツェック」(A.ベルク、無調音楽の大作の一つ)
1928年 「ボレロ」(ラヴェル)
1928年 「三文オペラ」(クルト・ワイル)
1935年 「バイオリン協奏曲」(A.ベルク)
1935年 歌劇「ポーギーとベス」(ガーシュイン)
1936年 「風雲児アドヴァース」(コルンゴルトの映画音楽、アカデミー賞受賞)
1938年 ナチス・ドイツがオーストリアを併合
      「ロビンフッドの冒険」(コルンゴルトの映画音楽、アカデミー賞受賞)
1941年 「交響曲第7番』(ショスタコービッチ)
1944年 「管弦楽のための協奏曲」(バルトーク)
1945年 「交響曲第5番」(プロコフィエフ)
      第2次世界大戦終戦
1946年 コルンゴルト、映画音楽と決別(契約更新拒否、純音楽への復帰)
1947年 「バイオリン協奏曲」(コルンゴルト、最も知られるようになった曲)

1949年 「トゥランガリラ交響曲」(メシアン)
1952年 「4分33秒」(ジョンケージ)
1956年 「交響曲嬰へ調」初演(コルンゴルト)

Wikipediaのコルンゴルトのページはこちら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%88

海外ビデオ

ムービー日本で発売されていなくて、発売される見込みも無い映画・・・原語(英語)でしか見れない事を覚悟の上、中古ビデオを注文した。
juarez93m.jpgまず"Juarez"「革命児ファレス」
ビデオ価格$6.95、送料$12.29
seawolf34m.jpg次に"Sea Wolf"「海の狼」
ビデオ価格$7.99、送料$12.29
kingrow10m.jpg"Kings Row"「嵐の青春」
ビデオ価格$3.22、送料$12.29
escapemenever83m.jpg"Escape Me Never"「逃げちゃいやよ」
ビデオ価格$19.95、送料$12.29

合計で、中古ビデオが4本でおよそ5千円弱、送料がおよそ7千円・・・

これらのビデオに共通する事は、音楽担当がすべてE.W.コルンゴルトだって事。(そういうこと笑顔)鶴ちゃんはこのところコルンゴルト研究に熱を入れているのだ。(フォーレさんごめんなさい)

コルンゴルト・ソサエティーのページはこちら

オペラ座の怪人(6)

phantomoper06m.jpgムービーオペラ座の怪人のビデオもこれが6本目だ。
1983年の作品で、監督はロバート・マーコウィック。
主演の女優はジェーン・シーモア
Wikipediaの「オペラ座の怪人」のページには紹介されていない。しかし中古ビデオはかなり出回っているようだ。

ムービーこのバージョンでは、怪人ははじめは怪人ではなくオペラ座オーケストラの指揮者だ。ストーリーの展開で怪人になってゆく。オペラの舞台で使われている音楽は、他の2作でもそうだった、グノーの歌劇「ファウスト」だ。鶴ちゃんは先日この「ファウスト」のDVDを観ている(熱心でしょ)ので、このオペラに関する部分はよく理解できた。
他のバージョンのような、若いオペラ歌手が、ベテランのプリマドンナを押しのけて成功を収めてゆくシンデレラストーリーは、この映画ではまだ途中段階に終わっている。(最後までべテラン歌手がステージで歌っているのだ)
エンディングも、ちょっと他のバージョンとは違っている。1983年の作だけに、この映画を観る人がそれ以前のいくつかの映画をすでに見ているのを意識して、意外な展開を工夫したように思えなくもない。(他を見ていない人には解らないけれど)他を観ている鶴ちゃんには、そのあたりの違いを楽しみながら観る事ができた。

しかしこの作品だけを見る人には、なんだか中途半端な、心に残るものの無い作品かもしれない。

オペラ座の怪人(5)

phantom05m.jpgムービー鶴ちゃんとしては5本目となる「オペラ座の怪人」をDVDで見た。Wikipediaでも紹介されている、1943年製作の映画だ。

音符このバージョンでは「怪人」は初めは怪人ではなく、オペラ座のオーケストラ団員のバイオリン奏者だ。作曲もする。ストーリーの展開で「怪人」になってゆく。オペラのシーンで使われている出し物は、前の映画で見た既成の歌劇とは違い、この映画だけの独自のものになっている。ショパンのピアノ曲やチャイコフスキーの交響曲の旋律に歌詞をつけてオペラ歌手に歌わせている。著作権問題のうるさかった時代に作ったのだろうか?(あ、世界大戦の最中か)

譜面ストーリー展開上クライマックスで怪人の作ったピアノ協奏曲が演奏される。音楽が映画の中で重要な役割を演じていることは、鶴ちゃんにはうれしいことだが、少し一般の人にはわかりにくい表現かも。怪人が「作曲家」でもあるところが鶴ちゃんとしてはかなり感情移入できたところだ。しかしながら、エンディングは悲しい。ハリウッド映画らしくラストシーンはウイットに富んだハッピーエンドで描かれているのが・・・コントラストとなって一層哀しい。

はてなそれにしても、一度人殺しをしてしまった怪人が、次からはいとも簡単に平気で残虐な殺人行為をするように描かれているところが、鶴ちゃんにはどうにも納得が行かない。なにがなんでも人間を「善玉」と「悪玉」に2者択一ではっきりと描き分けねばならないのだろうか??? (これが西洋人の人間観なのか?)「善悪一如」の東洋的感覚からははるかに遠い人間観に感じられた

久しぶりの海

きのう仕事で千葉県の館山に行った。電車
事前に交通費を調べ,持っているお金の大半を「Pasmo」にチャージして、ネットで調べた時刻表通りにJRで館山駅に着いた。改札を出ようとしたら自動改札がない。「当駅はまだSuicaに対応しておりませんので・・・お茶の水からの2200円は現金でお払いください」とのこと。「そんなあ・・・現金足りません」というと,「(帰りとか)またこの駅に来られますか?そのときにお払いいただけますか」というので、「ハイ帰りに現金払います」といって,その場は通行したが,ああびっくり!・・・千葉県は一応「首都圏」の内だと思っていたのに

大波仕事は3時過ぎに終え,せっかく久しぶりに海の町にきたのだから、と、海岸を散歩した。「うーん,潮の香りを嗅ぐのは何年ぶりだろう?」日焼け嫌いな妻の影響で、このところ夏休みにもずっと海には行っていなかったのだった。
chibasea01m.jpg

地元の人が「最近高速バスが便利です」と言っていたので、帰路はJRでなく高速バスで東京まで帰ることにした。笑顔
途中、東京湾の真ん中の「海ほたる」で少々の休憩時間があった。

chibasea02m.jpg

久しぶりに海を感じた1日だった。大波

P.S.館山の近くの「岩井」という駅の付近には、学生の合宿に向いた施設がいくつか有る。
海の近くでの合宿研修もなかなか楽しそうだな.いつか企画してみようか。

発電所所長

冠昨日から或る発電所の所長に就任しました。(定年退職なし)
その発電所とは・・・「鶴原発電所」
solerbattery.jpg
太陽4月から「オール電化」にしたのと同時に「太陽光発電」も始める事にしました。
色々工事や審査が終わって、昨日から発電を開始しました。
使っている電気料よりも発電量が上回っていると、東京電力に電気を「売る」事が出来ます。
電球
使い過ぎの鶴ちゃんとしてはどれだけ節電できるかが問題です(かなり)。

月それにしても・・・時代の流れというものはすごい!
鶴ちゃんが生まれた頃、幼稚園の頃までは、炊事やお風呂の火力はすべてかまどに薪をくべてやっていた。薪割りの手伝いなどもした。安定した火力としての炭や練炭も使っていた。炎
やがて都市ガスの時代になった。その時代はかなり長かった。今も続いている・・・
しかし我が家は「オール電化」のため、都市ガスとも決別しました。

本思えば・・・・
父方の祖父の実家(の親類?)は戦前は飯塚で炭坑をやっていた。戦後はプロパンンガスに切り替え、「鶴原液化ガス』という会社をやっていたそうな。そんな北九州の遠い親戚のところにあまり訪問した事も無いのだが・・・

タイ料理で・・・

音符昨日は、前に日記に書いたように、コルンゴルトの曲ばかり集めた、2ステージの音楽会でした。ファンの私にとっては夢のような・・・至福のときでしたハート。演奏が素晴らしかったというよりも、こういった企画を立てたこと自体が素晴らしい!。企画からすべての曲のピアノパートの演奏まで~一人で大活躍だった花岡さんに最大の敬意を表するものです拍手

終了後は、「コルンゴルトとその時代」の著者である早崎さんコルンゴルトのバイオリン協奏曲を日本初演した時津さんmixiのコルンゴルト・コミュの管理人のカルーア@紬子屋さんの3人と一緒に上野駅2階のタイ料理のお店でタイスキを食べながら、熱くて濃い歓談のひとときをもちました。
tahi1.jpgtahi2.jpg

tahi3.jpgtahi4.jpg

tahi6.jpgtahi7.jpg

コルンゴルトの音楽から、本当に素晴らしい色々な事を学んだという気がする。
「コルンゴルトから音楽的によい影響を受けた」ことを、次に書く曲で証明できたらいいな。

新しいパソコン

新しいパソコンが届きました。
pc2007m.jpg

組み立てキット・パーツで・・・・・・・(^o^;;)

これから組み立てます。
livedoor プロフィール
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ