鶴ちゃんの気まぐれ日記

コルンゴルトをこよなく愛する作曲家、鶴ちゃんのページです

2007年09月

スイス旅行(7)最高の観光地

コルンゴルト・シンポジウムが終わった翌日すぐに、智子さんはベルリンへ帰りましたが、鶴ちゃんは1日の余裕をとっていたので、スイスの山に行ってみる事にした。
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スイスで一番人気のあるハイキングコースと言っても間違いではない、メンリッヘンからクライネシャイデックまでの万人向けコースを歩いてみる事にした。ベルンからインターラーケンまでインターシティー特急列車で50分。インターラーケン西駅から東駅まで徒歩20分。グリンデルワルトまで約40分。そこからグリンデルワルト・グルントまで10分。グルントからローブウエーで約40分揺られて(写真1)メンリッヘンという途中の山の尾根に到達。ここまででもうお昼になってしまった。ここで昼食。
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ここからのハイキングコースは、前方にアイガー、メンヒ、ユングフラウといったアルプスの名峰を眺めながらの緩やかな下りコース。年配の人ものんびりと歩いていたまさに万人向けコースだ。お薦め!。途中での写真のシャッターをデュッセルドルフから来たという年配の夫妻にお願いした。(写真2)
天気もよく最高の気分で、1時間半と言われているコースを1時間15分ほどで歩いてしまった。
ここから見える最高峰のユングフラウはずっと雲をかぶっていた。晴れているのを見たかったらもっと朝早いうちに来なければならないのだろう。山の天気は午後に曇るのは常識だから。

16年前に母がクライネシャイデックに来た時は、高齢なのでさらに高地に有るユングフラウヨッホ(展望台)まで行くのは断念したというので、わたしも予定はこのクライネシャイデックまでだったのだが・・・・・天気も良いし、私の体力はまだまだ大丈夫だし、そこで予定外だったが、ヨーロッパ最高地にある観光地「ユングフラウヨッホ」まで行く事にした。(予算外でもあった)
swisswalk02_m.jpgクライネシャイデックからユングフラウヨッホまではケーブルカーで片道約55分。(往復で107スイスフラン)ケーブルカーの中で、セーターを着込んだ。上は寒い・・・特に建物の外は氷点下10度らしいから。
ケーブルカーを降りて、とにかく歩いていたら・・・プラトー(雪原)と言うところに出た。さ、寒い。それに雪がちらついている。ここは晴れていなかった。しかし下界を見下ろすと、クライネシャイデック方面は晴れている、この山の上だけ雲の中なのだ。観光客の中には日本人もちらほら、しかし韓国人の団体さんが多かった。アイスパレスやスフィンクス展望台と歩いているうちに、わずかずつ晴れては来たのだが、ユングフラウは最後まで雲をかぶっていた。
1時間半ほど過ごして、下界に下りた。帰路は来た道ではなく、ラウターブルンネンという村を経由する鉄道でインターラーケンまで帰った。もう暗くなっていたインターラーケンで夕食をとりベルンへ戻った。
あーーー!これにてこの旅もおしまい。充実感と疲労感と・・・

とにかく、また行きたいです!。

スイスのハイキングコースの紹介はコチラからたどってみてください

スイスの旅(6)山歩き

シンポジウムが解散したのは午後2時頃。まだ時間があると思って、ホテルに帰って着替えたあと、ニーセンという山に向かった。ベルンから特急電車で20分ほどのトゥーンという町はブラームスが気に入っていてしばしば訪れたと言う。古城が三つほど有る。そしてそこからさほど遠くないニーセンという山にもブラームスは時折登っていたそうな。鶴ちゃんも行ってみる事にした。

lookniesen_m.jpgトゥーンから10分ほどでつくSpiezという駅から見たニーセン山はまるでピラミッドのような形をしている。(写真Ⅰ)Spiez駅から各駅停車のローカル線に乗り換えて2つ目のMullenenという駅からNiesen山に登るケーブルカーに乗り換える。ケーブルカーは途中で一度乗り継いで40分もかけて頂上近くに着く。下から見上げたときには晴れていた山も、頂上に来ると雲がかかっていた。北側は晴れていてトゥーンの町を見下ろす事が出来たが、反対側の肝心のアルプスの山々の方はすっかり雲に遮られていた。残念。(写真2)
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元気な人は帰路はケーブルカーを使わず徒歩で下山するケースも多いようだが、鶴ちゃんはあすも予定があるので無理をせず、帰りもケーブルカーで山をおりた。
(ブラームスの時代にはこんなケーブルカーは無かっただろうから、歩いて上ったのだろうな)

tuhn_m.jpg山だけ観てトゥーンの町を通過して帰るものもったいないので、途中下車してトゥーンの町を歩いてみた。もう日が暮れかかっていたので急いで歩いたが、うん、とてもきれいな町という感じがした。水辺のレストランがなかなかリッチな雰囲気で良さそうだったのだが、メニューをみてうまく注文する自身がない、そこでトゥーン駅近くのイタリアンレストランでピザセットを注文、サラダが盛りだくさんで満足。



この日の失敗談をひとつ。
ベルンからケーブルカーのふもとの駅まで鉄道の切符を買うときに「ニーセン山に行きたいのでミューレネン駅まで」と切符を買ったつもりだったのだが、・・・・切符が高かったと思って、帰国後調べてみたら、なんと、くれた切符はニーセン山の頂上までのケーブルカーの分も入っていたのだ。お客の願いはしっかりかなえる、観光立国のスイスの心意気を過小評価していたようだ。結局、ケーブルカー駅で無駄にもう一度切符を買っていたことになる。もっとドイツ語が解ればこんな事は無かったのだが。(「VIA Mullenen」とは、「ミューレネン経由」の意味だったのだ)

スイス旅行(5)ラッコルド氏

シンポジウムの内容は、コルンゴルトに関するさまざまな角度からの研究が次々と発表され、最後にパネルディスカッションが行われるというものだった。英語で発表したのはB.キャロル氏だけで、あとは(フランスから来た人も)みなドイツ語だった。鶴ちゃんは高校1年から5年間(音楽学校だったので)ドイツ語を勉強した。しかし週1回の学校の勉強では会話力はまったく身に付かない。しかも35年以上も経っている・・・難しい内容のドイツ語を理解しろと言っても無理な話だよね。でも所々解る事も会った・・・好きな音楽の内容だったからかな?
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コルンゴルト・アーカイブ(日本語ならばコルンゴルト資料館かな?)の中心者であるラッコルド氏(Bernd O.Rachold)も参加していた。私はよく知らなかったのだが、キャロル氏と並んでコルンゴルト・ソサエティーを支えている人だと智子さんが教えてくれた。そういえば彼はシンポジウムの間はいつもキャロル氏の隣に座っていた。どうやら時折ひそひそと英語に通訳してあげていたようだ。そんな重要人物ならば、私も彼に挨拶しておかねばと思い、最終日に自己紹介して挨拶をした。「日本には早崎氏がいるね、彼とはいつもメールで連絡を取り合っているよ。友人ですか、帰ったら彼によろしく」「日本でのコルンゴルトの理解度はいかがですか?」(さあ・・・I don't know)「日本でコルンゴルトのCDが録音されたなんて僕は聴いた事が無いよ、どう?」「そうですね・・でも左手と弦楽のための組曲は日本のピアニストが録音しています」「あ、知ってるよ、フィンランドにいた人だろう?」「そうです舘野泉氏です」「でもあれは日本録音かな?フィンランド録音ではないだろうか?」「調べてみます」などと話したあと、一緒に写真を撮ってもらった。
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シンポジウム中何度も鋭い質問や発言をしていた人なので、気難しい人なのかと思っていたけれど、話してみたらとっても気さくなおじさんでした。
今回のプログラムではラッコルド氏の出番は最後のディスカッションだけでした。

そして、16日午後1時半、すべての予定が終わりシンポジウムは散会しました。もう終わってしまうの?なんだか寂しい。でも気分は充実していました。いつか、単なるオブザーバーとしてでなく、プレゼンターとして参加できたらいいな。問題は語学力です。勉強しなくっちゃ。

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スイス旅行(4)キャロル氏

<9月14日>
昨夜の演奏会が前夜祭なら、いよいよこの日からコルンゴルト・シンポジウムの始まりである。
会場は同じ音大の「室内楽ホール」で、折りたたみ椅子で100名くらい収容の音楽室だった。
40センチほどの高さのステージが有る。
今日からの3日間で登壇する人も顔ぶれも多彩で、地元のベルン市の先生の他に、イギリスから参加のブレンダン・キャロル氏をはじめ、チューリヒから、フランクフルトから、アムステルダムから、ミュンヘンから、ハンブルクから、パリから、その他の都市からと、欧州各地から集まったコルンゴルト研究者たちが登壇する。初めにホスト役のストルバーグ氏から挨拶が有り、「言葉についてですが、ドイツ後で話せる方はドイツ語で、そうでない方は英語で話していただく事にしましょう。そして、英語でのお話をドイツ語に通訳する事はしません、どなたも英語はお分かりでしょうからね。」とのこと、さあ私はどこまで聴き取れるか???

ところで、コルンゴルト関係では世界的な第1人者で高名な、ブレンダン・キャロル氏の登場は2番目なので、開会前に挨拶して「写真を撮らせてください」とお願いしておいた。「今ですか?、後からですか?」というので、「講演中に1枚と、あとから私と一緒にもう1枚」とお願いした。
「いいですよ、後3日間(最終日まで)いますからね」と快諾。ところがデジタルカメラの性能が今一つで、なかなかピントがうまく合わない。(写真1)
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キャロル氏との2ショットは午後のコーヒー休憩のときにお願いした。ワイシャツ姿だったキャロル氏は「ちょっと待って、上着を着るから」「まったく、コルンゴルトソサエティーの会長という立場だと、うかつな身なりで写真を撮る訳にゆきませんからね」というので、私も上着を着る事にした。超有名人との2ショット、Get!(写真2)
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キャロル氏の話は英語での話しだった。かれはコルンゴルトに関する著書があるほかに、コルンゴルトの曲のCD録音にもいくつか立ち会って、演奏家にアドバイスなどをしているそうだ。そのようなエピソードも交えての話だった。「アメリカでは映画音楽を通してコルンゴルトを知っている人はいるが、熟年世代だけで、若い人たちは『コーンゴールドなんて知らないよ、コーンフレークは知ってるけれど』(爆笑)という人ばかり」とか・・・早崎氏の著書でも紹介されていたピアノトリオのテンポに関するエピソードのところでは、私にも英語がとっても良く理解できた。知っている話だったからね。

私とキャロル氏との会話の一部を紹介しよう。初めの挨拶のときに、「日本から来た鶴原と申します。コルンゴルト気違いです」(I'm crazy on Korngold's Music.)というと、「ここにいる人は皆同じですよ」と(あなただけがクレージーなのではないですよ)と言ってくれた。さすが英国紳士!気配りが有る。
3日目には、わたしが「私にはドイツ語はとても難しいです」と言うと「僕にだって難しいですよ」との答え。私が「話はよく理解出来無いけれども、私はここでは自分の家(マイホーム)にいるような気持ちです。」と言うと、「ここにいる人は皆同じ気持ちですよ」(または)「気持ちを同じくする人ばかりですからね」とのご返事だ。(どちらの訳が正解かな?両方正解かな?)
私が、「コルンゴルトソサエティー・ジャパンを設立して、キャロル氏を日本に招待するのが私の夢です」というと、「My pleasure(うれしいです)」と繰り返し言っておられた。

スイス旅行(3)シンポジウム

<9月13日夜>
コルンゴルト・シンポジウムの初日は、夜の「室内楽演奏会」のみである。会場はベルン音楽大学内の「大ホール」・・・・といっても、収容人数が200名程度の多目的ホールだったが、客席が階段状になっているので後ろの席でもよく見え、よく聴こえた。
初めに共同主催しているベルン大学音楽学研究所の教授2名の挨拶があった。ドイツ語なのでほとんど理解できない。しかし2人目の(シンポ主催の中心者)ストルバーグ博士の話の中で、「カトリーン」とか「ベルン」とかの名前がしきりに出てきた。これは、コルンゴルトの第5作目のオペラ「カトリーン」の第3幕が、スイスのアルプスを背景にした村(町?)を舞台にしているので、このベルンの町にゆかりが深い・・・というような話をしていたのだろう。私がドイツ語を聴き取ったといっても、こんな感じ。

プログラムは、17~18才頃の作品である「ピアノソナタ第1番」、バイオリンとピアノによる組曲「空騒ぎ」Op.11、そして「ピアノ・トリオ」Op.1の3曲だった。ピアノソナタ第1番を弾いたのは若い学生さん(男性)で、初々しさも有るがなかなか達者に弾いていた。少しペダルの使い方が控えめすぎるのではないか?と感じた。あとで留学生に聴いたところ彼は17歳で、まだ高校生なのだそうだ。ちょうど作曲した時のコルンゴルトほどの年齢である。うーむ納得。
「空騒ぎ」は音大の先生方による演奏だ。ドイツ語圏らしく、端正なきっちりとした演奏ぶりだったが、もう少しウイーン風味の「甘美さ」が会っても良かったのではないか?、と感じた。
ピアノトリオも先生方の演奏だった。コルンゴルト作曲したのは10代だったのだが、曲はなかなか堂々とした立派な作品で、とても少年の作とは思えない、コルンゴルトの天才ぶりを感じる曲だ。演奏者が大人だったせいか、まったく「大人の音楽」になっていると感じた。

2曲目のあとに休憩時間が有った。この音大の日本人留学生も来ていたが、別の日本人女性から声をかけられた。「早崎さんでしょうか?」。日本のコルンゴルト研究の第1人者はおそらく「コルンゴルトとその時代」の著者である早崎氏という事になるのだろう。スイスのベルンで開かれているこのシンポジウムに参加している日本人は、その「第一人者」かもしれないと、この女性(智子さんという)は推理したのだろう。「違います」。私の方こそ、ここに他の日本人が来ている事を予想していなかったのだが、彼女はドイツのベルリンから駆けつけたのだと言う。修士論文のときにコルンゴルトのオペラと映画音楽に関する研究をし、いまは博士論文の勉強のためにベルリンに留学中なのだそうだ。彼女の出現は私にとっては予想していなかった幸運だった。言葉の事で困った時には彼女に助けてもらう事が出来たから。(まさに「天の助け」)(写真)
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会場には、コルンゴルトに関する分厚い著書を書いている、コルンゴルト・ソサエティーの会長の、ブレンダン・キャロル氏の姿も有った。(挨拶しなくては・・・英語で。)
演奏会の模様は写真に撮りませんでした。

スイス旅行初日からの日記はコチラ

スイス旅行(2)ベルン

swiss0005.jpg<9月13日(木)>
昨晩ベルンのホテルに到着し、いよいよ今日からコルンゴルト・シンポジウムが始まる日だ。しかし、初日の今日は夜のコンサートのみ。だからそれまでの時間は世界遺産にもなっているベルン市内を散策する事にした。朝8時頃ホテルを出発し、歩いて10分ほどでもうアーレ川だ。朝日に映えて街が美しい。(写真Ⅰ)この川がUの字のようになって流れている中に囲まれているのが、世界遺産の旧市街だ。

swiss0006.jpg中心地の時計台の周りは、まだ朝9時前なので人通りも少なかった。(写真2)アインシュタインの住んでいた家というのも見つけたが、会館は10時からとのこと。それなら、朝日の当たる角度の良い今のうちに、ベルン市を見下ろせるバラ園(高台に有る)に言ってみようと決めた。バラ園に向かう途中、熊公園の前を通りかかった。観光客の一団が柵から熊のいる堀のようなところを見下ろしている。団体客の一人が私を見て「熊が出てきましたよ」と言った。(何だ日本人か・・・私はツァー旅行の一員ではないぞ。)確かに熊が歩いていたのでこれはビデオに収めた。(写真は無い)それにしても幅10メートルくらいの堀が直径80メートルくらいのドーナツ型に掘られているだけのものが「熊公園」らしい。ベルン市を象徴する(市の旗のデザインにもなっている)熊の公園がこの程度のものなのかとちょっとがっかりした。

swiss0008.jpgバラ園にあがると確かに朝日に映えて旧市街がきれいに見下ろせる。吹く風も心地よい。(写真3)ローズガーデンを出て、ポール・クレー・センターまで歩く事にした。記憶をたよりに歩いていると、緑豊かな田園風景の中に写真で見たような近代的な建物が見えてきた。
クレーはベルンに住んで幻想的な絵画を描いた人だ。2時間もかけてゆっくりと鑑賞したが、その中で「Ad Palnassum」という作品が素晴らしく、その1枚の前に10分以上も佇んでいた。うーん、大満足!

swiss0004.jpgそれからまた歩いて市の中心部へ向かったが、クレー美術館でもずっと歩いていたのでいささか足がくたびれてきた。路面電車の停留所があったので、そこから市内まで電車に乗る事にした。電車の乗り方はチューリヒで友人に教わったので大丈夫。時計台の前で電車を降りて、昼食をとる事にした。どこのレストランがよいか???スイスは物価が高いので有名。ランチのコースも1500前後は当たり前だ。結局カフェテリア形式のお店でサラダバイキングを含めて1300程度の昼食になった。昼食のあともう一度旧市街に戻り、アインシュタイン・ハウスに立ち寄った。「このマンションでアインシュタインは数年間を過ごしたのね、ふーーーむ(感激)。」(写真4)さて、3時を過ぎたので、市内で1番高層建築の「大聖堂」を外から見て、ホテルへ戻った。
歩き疲れていたので1時間ほど仮眠。

swiss0007.jpgスーツに着替えて、コルンゴルト・シンポジウムの最初の催しであるコンサートへと向かった。会場の音楽大学に到着したが、どこから入ってよいものやら判らない。そこに偶然いたのが2人の東洋人風の学生。近寄ってみると日本語で話している。「あのーー」と(日本語で)声をかけてみたらあちらも驚いていた。2人はこの音大に通う日本人留学生で、彼女らも今夜のコルンゴルト・コンサートに来たとのこと、開演までしばらく話をした。ここで日本人に会うとはほとんど全く予想もしていなかったのだが、いてくれたおかげで会場への入り口が判って助かった。(写真5)

(長いので以下は次回に)コチラ

スイス旅行(1)チューリヒ

<9月11日>
乗り換えの不便なロシア空港はやめて、タイ国際航空を利用しての旅にした。
タイからチューリヒまでゆっくり寝てゆけると思ったが、興奮のためか夜中に目が覚めてしまった。
窓の外は、どうやらパキスタンからアフガニスタンに行く上空のようだ。町の灯りらしきものもあまり見えない。それよりも星がとても良く見えるので驚いた。地平線すれすれまで星が見える。飛行機の小さな窓からだけれど「こんなにたくさん、星って有ったんだ!」と感嘆しながらしばらく夜空を見つめていた。

swiss0001.jpg<9月12日>
早朝に無事にチューリヒ空港に到着。個人旅行なので誰も案内してくれる人はいない。しかし入国の検査らしいものはただパスポートを見せただけ、何も聞かれず簡単に通過できた。
空港駅からチューリヒ中央駅までのチケットも英語でなんとか購入、電車の乗り方も案内表示を見ていればほとんど間違えそうもない。20分ほどでチューリヒ中央駅についた。駅のトイレで洗面とひげ剃りをすませ、重いスーツケースをコインロッカーに預け、大学時代の友人との待ち合わせまでにまだ1時間ほど有るので、駅の周辺を川に沿って歩いてみた。(写真1)

路面電車や車は、日本の逆で右側通行で走っている。初めのうちはこれに慣れなくて、道路を横切るのも恐る恐るだった。
約束通り友人と再会し、友人の案内で駅から街の中を歩きながらいろいろと説明してもらった。
swiss0002.jpg教会をいくつか中に入ってオルガンなどを見せてもらった。マルクシャガールが作ったステンドグラスの有る教会も会った。友人が出演した「トーンハレ」というチューリヒの主要なホールも中に入ってみせてもらった。このホールは落成のときに、ブラームスが祝典曲を書いているそうだ。ワグナーが愛人と過ごしたと言う屋敷も行ってみた。(写真2)

昼食は友人おすすめの牛肉やポテトの料理で、パンがなくともお腹が一杯になった。楽器店も見て歩き、コルンゴルトの楽譜やCDを探してみた。楽譜はここでもほとんど置いていなかった。
ともかく天気がよくて風が気持ちがよい。気持ちよくスイスへの第一歩を印す事が出来た。

swiss0003.jpgこのチューリヒの友人(写真3)、津田理子さんのピアノリサイタルが10月10日に上野の東京文化会館の小ホールで開催される。没後100年のグリーグの曲など、素敵な内容のコンサートなので皆さん是非お出かけください。

スイス旅行(0)

swiss.jpg明日から1週間スイスに行ってきます。ベルン市で開催される「コルンゴルト・シンポジウム」に参加するためです。世界の中でコルンゴルトがどのような位置づけなのかを良く見てこようと思います。ブレンダン・キャロル氏の話がちゃんと聞けるかどうか、私の語学力が問われるところです。
ホテルにはインターネット環境も有るとの事。もしも日本語にも対応していれば、現地からの報告も可能かもしれませんが、もし駄目ならすべては帰国後という事で・・・。

先月他界した母と私との最後の会話は、(私)「9月にスイスに行ってくるよ、お土産買って来るからね、待っててね」(母)「(スイスは)いいところだよ・・・・・また行きたい」でした。
姉の説明によると、母はユングフラウヨッホのふもとのクライネシャイデックに行ったとの事、だから私は、天気が良くても悪くてもクライネシャイデックまで行ってこようと思っている。
でも、・・・・晴れてくれ~~~!

あと、ブラームスがしばしば訪れたと言うトゥーンも滞在地ベルンからは近いので、時間を見つけて行ってきたい。

では、明日から・・・行って来まーす。

追っかけ・・・

ハートお気に入りのアーティストのコンサートに、しばしば出向く事は誰にでも有る事。しかし、それが常識的な範囲をやや超える場合に「追っかけ」と呼ぶ。遠方のコンサートに高い交通費をかけて出かけたりするのがその典型だろう。ひどい例としてはアーティストのホテルまで押し掛けてしまう・・・という話もかつて聞いた事が有る。
教え子の中にも、GLAYのコンサートは北海道から九州までほとんど聞きに行くという「追っかけ」がいた。「へえ、それはまたご熱心な・・・」と、他人事のように思っていたが、いよいよ私も「追っかけ」かな・・・、これは?。

korngold_m.jpg音符最近鶴ちゃんが熱心に聞いているのは、このブログでも紹介しているコルンゴルトの作品だ。日本で手に入りにくいCDやビデオも、インターネットで海外からどんどん入手した。聴けば聴くほど、いっそう好きになってゆく。譜面
今年は、そのコルンゴルトの没後50周年の年に当たり、彼の作品がいつもより演奏される機会も多いようだ。日本だけでなく、海外でも。「レコード芸術」という雑誌でも、コルンゴルトに関する連載が載っていた。

9月13日より、4日間の日程で「コルンゴルト・シンポジウム」という行事が開催される。参加しようかどうしようか初めは迷っていたが、参加する事に決めた。どこで開催されるかと言うと、スイスのベルン市だ。ドイツ語圏である。観光に力を入れている国なので、旅行するだけなら英会話でも大丈夫なようだが、シンポジウムの内容はおそらくドイツ語中心だろう。高校と大学のときに6年間ドイツ語を学んだとはいえ、その後の会話経験が皆無な私に、ドイツ語で話される学術的な内容の難しい話など理解できそうもない。だから、はじめはシンポジウムの期間に行われるコンサートにだけ顔を出せればそれでも良いと考えていた。しかし、「行こう」と決めてから、せっかく行くのならばコンサートだけと言わず、たとえ判っても判らなくてもシンポジウムにも参加しよう、と考えを修正した。ドイツ語の通訳を4日雇うような余裕は私にはない。どうなることやら。「参加する事に意義が有る」とのオリンピック精神で、参加しようと思っている。
研究のための情報収集活動に行くのだ、決して物見遊山に行くのではないぞ。(しかし1日くらいは観光もしてくると思う。)

往復航空券やホテルも予約済みだ。そうこうしているうちに、出発までもう2週間を切ってしまった。そろそろ支度をしなくては。

コルンゴルト・シンポジウムのページはこちら。

ベルン紹介ムービーはこちら

オンデマンド出版

minamino_m.jpg音符「山の作曲家」としてホームページをお持ちの近藤浩平氏の「南の小協奏曲」が出版されているというので、さっそく購入した。マザーアース社からオンデマンド方式で出版されている。在庫を持たず、注文が有った時だけ印刷するので、無駄な経費を使わず、少数販売に向いている方式だ。

音符この「南の小協奏曲」、個人的に音源をいただいて聴いたのが昨年のこと、他の作品も面白いが、この作品には聴いていて楽しくなる「生気」の様なものが感じられて、特に印象に残っていたのだ。「調性音楽なのか無調音楽なのか」という議論もあるが、この曲はそのどちらとも断定できない、不思議で独特な響きを持っている。いろいろな音楽をとても良く知っている博学な近藤氏の独特の匙加減が、中間的で不思議な音の魅力を醸し出している。
譜面スコアを見ながら聴くと演奏のミスなど「アラ」も判ってしまうのだが、耳で聴いて面白かった曲はスコアも見てみたいものだ。

ところで、少数販売に向いているこのオンデマンド出版は、作曲家にとっても先行する出費が少なくてすむのが、金欠病の鶴ちゃんにとっては魅力だ。私もそろそろ、この方式で何か出版しようかな・・・・
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