鶴ちゃんの気まぐれ日記

コルンゴルトをこよなく愛する作曲家、鶴ちゃんのページです

2008年08月

TOMUYA発見!

日本人シャンソン歌手「TOMUYA」である。
tomuya.jpg昔は「遠藤トム也」という名で歌っていた。いつの頃からか消息が分からなくなっていたが、シャンソンが話題になるたびに「そういえばトム也君は今頃どうしているかな」と思い出すことが多かったのだ。かなり昔、私のところに和声だったか作曲だったかを習いに短期間通っていた、ちょっとオシャレで素敵な人なのである。
今日、新聞記事で元気な姿を発見して本当に嬉しい、ここに紹介しないではいられない。
16年前からパリに住んで頑張っていたらしい。昨年はオランピア劇場でも歌ったようだ。彼のホームページには、そのときのムービーが紹介されている。
来月5日(金)と6日(土、昼と夜)に、渋谷パルコ劇場で公演が予定されているとのこと。本当に久しぶりなので是非会いに行ってみようと思っている。

紹介の新聞記事はこちら

TOMUYAのオフィシャルホームページはこちら

YouTUBE映像はコチラ

パルコ劇場公演チケット購入のページはこちら

教授紹介Movie

尚美大学バーチャル・キャンパスというページがある
http://www.virtual-campus.jp/
そのページの中を探すと、私の紹介ビデオが公開されている。(この夏から公開)
turumovie.jpg
一応、BGMもついているというのが「売り」のつもりだが・・・
もう少し何とかならなかったものか・・・・と思案している。

63年前(その2)

63年前の本日、日本は無条件降伏して、戦争は終わりました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E6%88%A6%E3%81%AE%E6%97%A5

以来63年、日本は無事に戦後の復興を果たし、戦争に負けた国としては成功を遂げました。

しかし、戦争に勝った国のなかにはいまだに戦争をやめないで、軍事産業に奉仕し続けている国がある。ひどい時にはウソの理由をでっち上げてでも戦争を始めている。

「戦争をしたくない国々」は力を併せて、知恵を出し合って「戦争をしたい国」を押さえてゆかなくてはならない。その逆転の時代はもうそこまで来ている。

不幸を拡大する「クラスター爆弾」も、ほぼ禁止させることが出来た。他にもいろいろあるが、最終目標は「核廃絶」で、これは必ずやり遂げなくてはならない。

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ところで「お盆」って何なの???
私が昔本で読んだのは「目連伝説」だったように思うけれど・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%82%E8%98%AD%E7%9B%86
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%BD%E9%A4%93%E9%AC%BC
・・・・まあいいや。
今日は、かみさんのお母さんの墓参りに行ってきます。そのあとミニ旅行。

63年前

午前8時15分
cd6edfa7-s.jpg
その他、多くの写真はこちら・・・
http://blog.livedoor.jp/genbaku1945/

戦争を終わらせるためにだって、こんなものは使うべきではなかった。当時はもはや日本の敗戦は時間の問題で・・・あとはちょっと知恵を働かせれば戦争は終わらせることが出来た。それなのに「戦争を終わらせるためにはあれを使うことが必要だった」と言い張るのは、「私たちには知恵が無かったから」と言っているに等しい。アメリカには「平和への知恵」がないことは現在も変わりがないらしく・・・イラクで証明されている。そんな「知恵の無い国」に大量の武器を保有されているということは、今も地球が危機的な状況だということ、(あまり)武器を持っていない国々が「知恵」を集めて平和的状況を作ってゆかねばならない。「核廃絶」への歩みを止めてはならない。

いつの日か、アメリカの大統領が広島の記念式典を訪れ謝罪することを、願っている。

「元気哲学」

marinoff_m.jpg本ルー・マリノフという人の「元気哲学」という本を読み始めた。なかなか面白い。哲学というと、難しくて一般庶民には無縁の世界…と感じる人も少なくないと思うが、このルー・マリノフという人は「それではいけない」と、哲学者が社会で役に立つことを目指して活動をしている。「アメリカ実践哲学協会」の会長も務める。カウンセリングなどの商売もして、人々の人生における様々な悩みごとにも向き合っているようだ。
内容はまず(1)あなたは「病気」(disease)か、それとも「楽じゃない」(dis-ease)だけなのか?という章からはじまる。そして、人々の悩みにはその人の考え方や信じていることが重要であることに触れてゆく。
次に(2)何が正しいか、どうしてわかるのか?という章では、「アメリカ独立戦争の戦士はアメリカでは英雄だが、英国では反逆者だ」という例から、正しいという判断も立場によってまるで違うということに触れてゆく。そして、コルンゴルトが映画音楽を書いている「ロビンフッドの物語」を例にとって考察してゆく。「リチャード王が十字軍遠征で留守のうちに,弟のジョン王子が王位を奪って悪政を行い農民達を苦しめていたとき、ロビンフッドがジョン王子の仲間の悪代官達から財産を盗んで貧しい人々に分け与えた。さてロビンフッドの行為は果たして悪なのか善なのか?」というテーマで、さまざまな哲学的立場から論じている。義務論、目的論、道徳論、神の摂理論(4つの宗教)実存主義、客観主義的倫理、自明の義務、社会生物学、他社中心の倫理,仏教の倫理、法律主義倫理の11の立場からの異なる見方を展開していて、なかなかに面白い。

このあとも、(3)理性と情熱は共存できるのか?(4)気に障ったら,傷つくか?(5)その苦しみは必要なのか?(6)愛とは何か?・・・と、章が続いている。

この本を読んでいると、物事をどう考えるのかの良い練習になりそうだ。

「病気」(disease)ならば医者に相談すべきだが、「楽じゃない」(dis-ease)ならば相談すべき相手は哲学者ですよ・・・というわけか。

この本を売っているところのページはこちら
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