鶴ちゃんの気まぐれ日記

コルンゴルトをこよなく愛する作曲家、鶴ちゃんのページです

2009年12月

福音書

thoams_m.jpg本学生時代、作曲の勉強をしていて「バッハの音楽を本当に理解するには、キリスト教の事も知らなければ駄目だ」と思い「イエスの生涯」などという本を読んだ記憶がある。別にクリスチャンになった訳ではない。
今また、ひょんな巡り合わせから「トマスによる福音書」というのを読み始めた。以前読んでみたいと思っていたものだ。クリスチャンの方ならもうお分かりと思うが、この「トマスによる福音書」というのは、現在の正統派のキリスト教会からは「異端の書」と呼ばれている。その中に書かれている「イエスはこう語った・・・」という話も、偽作なのでクリスチャンは信じてはならないものとされる。・・・しかし私はクリスチャンではない。
以前から読んでみたいと思っていた話がそこには載っていた。「天国は空の高くにあると教える人がいるかもしれない、しかしそれなら鳥のほうが早く天国に行けるだろう。天国が海にあるという人がいるかもしれない、しかしそれなら魚のほうが早く天国に行けるだろう。・・・そうではなく、天国はあなた自身の中にあるのだ」・・・うん、これ!前から読んでみたいと思っていたお話だ。その続きは「あなた自身を知れば、あなたは父(神様)の子と気づくだろう。あなたが自身の事を知らなければあなたは貧困である」などなど・・・
Ⅰ~2世紀当時、「グノーシス主義」と呼ばれるキリスト教徒(?)が多く存在したらしく、そこでは「イエスが神の子であるように、すべての人が本来『神の子』である(が、それに気づいていない)」という考え方が根底に有ったという。しかし、ヨハネらは「イエスは特別な存在であり、神の子はイエスただ一人である」という考え方に立っていて、両派の間に対立が有ったらしい。やがて、教会の権威や位階制度に疑問を持つグノーシス主義者たちの勢力が3~4世紀には弱まってゆき、ヨハネの主張した考え方の勢力が主流となっていった。教会もその権威を確立する事に成功して・・・それ以後今日に至るキリスト教勢力となった。ふむふむ。
やはり鶴ちゃんは、教会から「異端」と決めつけられた勢力の中にどのような考え方があったのか、どんな「イエスの言葉」が伝えられていたのか・・・の方に興味があるなあ。

しかし読み始めて、日本語訳にもよくわからない単語が出て来て困った。「過越の祭」と訳されているが何の事か判らない。そこで読むのを一旦やめてネットで調べてみた。どうやらキリスト以前から伝わるユダヤ教の祭だという事が判ってきた、そして「過越」のもとの言葉は「PassOver」・・・あれれ、コルンゴルトの曲に「Passover Psalm OP.30」というのが有ったな!音符。と、意外なところでまたもコルンゴルト漬けになる(?)鶴ちゃんなのであった。

グノーシス主義についての解説ページはたとえばこちら

皆様、2009年はいろいろお世話になり有り難うございました。
2010年もどうぞよろしくお願いします。

日本の教育

gclark_mjpg.jpg本グレゴリー・クラーク著「なぜ日本の教育は変わらないのですか?」を読んだ。2003年の出版なので現場から見るともう古いと思う部分もあるものの、書かれている通りの現実が今も続いていると思うと、今でも大いに参考になるところの多い本と言えると思う。
GPA制度など、この本で推奨されている大学改革の手段のいくつかはすでに現場でも取り入れられていて・・・そしてすでに骨抜きに形骸化していることを、現場の人間として嘆かわしく感ずる。制度や人の心はかんたんには変らないものだ。今回の政権交代を受けて少しは大きく変わってくれる部分も有って欲しいとは思うが、事は簡単ではない。

著者が力説している事の中で、私自身も今まで力説してきた事が有る。それは、「青少年の教育は親と学校の先生だけでは出来ない」という事だ、今の子供達は生活の大半の時間は親と学校の先生という2種類の大人としか接していない。わたしは、親や学校の先生以外のさまざまな大人から子供達は多くを学ぶべきだと思っている。そのような場をどうして作れば良いだろうか?中学校や高校の現場ではすでにそういった方向性でのさまざまな試みがなされている例がある事も知っているが、それらはおそらくまだほんの一握りの例外的な事例に過ぎない。

「世の中全体で子供を育ててゆくという考えが大切だ」と、今の政府が言っている事を、どう実現して欲しいか?わたしは、就職活動で大学3~4年生が四苦八苦している現状を見ると、学校の教育とは別に「社会教育」を中学生や高校生世代の子供達にもっともっとなすべきだと思う。文部科学省だけではなく「経済産業省」「厚生労働省」「国土交通省」なども(そして大人の誰もが)、青少年の教育に責任を持って取り組むべきだと思うのである。

芸術文化を「仕分け」するな

政権交代して、政治関係のニュースがなにかと気になる毎日ですが・・・
政治の話はあまり言いたくないけれど、今回の「事業仕分け」に関しては「一言」言いたい。
芸術文化は「必要なもの」けっして「無駄な事業」ではないはず。

クラシック界の大物芸術家達が、こぞって反対表明。

以下、毎日新聞記事からの引用・・・
「政府の行政刷新会議の事業仕分けに対し、クラシック音楽関係者8人が7日、東京都内で記者会見して「緊急アピール」を行った。「友愛の精神は芸術から」と銘打って、「明確な文化立国のビジョンを示さないまま(日本芸術文化振興会の予算などを)大幅に縮減したことを危惧(きぐ)する」などとしている。

 ピアニストの中村紘子さんは「芸術文化は人間そのものを育てること。人間を育てるには時間がかかる。1、2年で効果が出るものとは違う」。指揮者の外山雄三さんは「少しずつ我慢してなんとかなるなら我慢したいが、オーケストラはもう限界」と述べ、作曲家の三枝成彰さんは「助成が削減されると、地方のオーケストラは存在できなくなる可能性がある。そういう意味がわかっていたのか、非常に疑問を感じる」と語った。【油井雅和】 」

mixiのかたは以下の日記も是非ご覧下さい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1355484116&owner_id=13335678&&mhome=1

仕分けした人は芸術文化の必要性を理解していないと思われる。
「文化芸術振興基本法」に関する情報はこちら
http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/kihonhou/index.html


コチラも良ければ読んで下さい
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