鶴ちゃんの気まぐれ日記

コルンゴルトをこよなく愛する作曲家、鶴ちゃんのページです

2010年03月

春の味です

つくしを摘んで、料理してみました。
Tsukushi
しばらく薄い塩水につけておき、顎を除去して、
3分ほど茹でてから、フライパンで炒めました。
味付けは、だし汁にお砂糖を少々(天つゆみたい)
最後は玉子をからめて出来上がり。

おいしかったよ!

しかし、家族は勧めても食べようとしなかった。


・・・・許せん!。

20周年

昨日、卒業20周年のクラス会に、当時の担任として招かれました。
BizClass20m
思い出せば22年前、今の勤務校(当時はまだ短大)に勤め始めたので、いわば私の同期生とでもいうべき教え子63名。その後20年も勤めていますが、やは り一人一人を一番よく覚えているのがこの学年です。
個人情報の保護に関する法律がナントやらで、同窓会組織からも住所録を提供してもらえず、結局自分たちで情報交換して58名の消息がつかめるまでになった ようです。そのチームワークがすばらしい。
当日は29名が参加、3次会からの参加者まで入れれば30名が参加、ほぼ半数です。このような集まりはだいたい3割集まれば上等というのが相場ですから、 かなりよく集まったと言えます。何しろ20年ぶりですからねえ・・・
卒業したときが20歳だったので、倍の年齢になっているのですが、心は20年前に戻って、みな楽しく語り合いました。遠かったり、子育てや仕事等で、どう しても時間の都合が合わずに参加できなかった人からも、メッセージが届いていたりして、本当にクラス会が実現してよかったと、参加者全員が感じた事でしょ う。幹事を引き受けたM.君も「大変だったよ、」(もうやりたくない)と言っていましたが、本当にご苦労様。みな、楽しい再会を喜んでいました。

クラスの皆さん、お招きいただき、お土産までくださって本当にありがとう。私もまた20年若返りましたよ。

1日経った今も、撮影したビデオを編集しながら、長い余韻を楽しんでいる鶴ちゃんです。DVD希望者はメールかメッセージくださいね。

卒業式

2010Sotu_m
昨日は卒業式でした。
音楽メディアコースの卒業生が、寄せ書き帳をプレゼントしてくれました。
うーん、贈り物をもらったのは久しぶりだなあ・・・とてもうれしいです。よい教え子を持つと、教師は幸せです。

4日後には、20年前の卒業生がクラス会に招待してくれています。
もう20年も経っているなんて・・・信じられないです。
毎年毎年、20歳ちょっとの若者を送り出してきました。
相手の年齢が変わらないので、自分の気持ちもなかなか変わりません、
何年この季節がきても・・・気持ちは39歳のままです。

卒業生たちの未来のために・・・乾杯!

トホホ+トホホ

いつもメインで使用しているMacBookが突然動かなくなった。
ハードディスクがカチンカチンと音を立てるばかりで、データを読み出せなくなっている。
「やっちゃったか」・・・酷使したからな。最近は使うことに忙しく、バックアップを取っていなかったのが痛い!

新しいハードディスクを買ってきたのはよいが、こんどはインストールディスクを読めなくなった。CD(DVD)ドライブまで昇天してしまったの?・・・
「悪いときには悪いことが重なる」とはこのことか。
・・・・換装光学ドライブが1万4千円で売られているのを見つけたが、・・・・
いじる気力がうせている。(とほほ・・・・ほほほ)
この際、買い換えるしかないかな、

バックアップを取っていなかったHDには、メールのデータ、アドレス帳、最近3年間に作成した音楽データ、授業で使っていた文書ファイル、ネットで購入したMP3音楽ファイル、・・・・などなど。 戻って来そうに無い。(ト・ホ・ホ)

ま、昇天したのはHDであって、俺自身じゃないから・・・ま、いいけど。

『失われた福音書』

LostGospelQ
バートン・L・マック著の「失われた福音書」を読み終えた。
とても良く解って面白かった。
欧米の人は、学者と言えどもキリスト教的環境で育っているから、2~4世紀にさまざまな流派の「イエスの信奉者」達がどのように議論し合っていたかを研究するのにも、後に勝ち残った今の正統派教会の見解をベースに考えてしまいがちかもしれない中(実際そう言ったつまらない本も有った)、全くそのような事はなく、正統派によって退けられたさまざまな「イエスの信奉者」達の姿を、そして今の正統派教会からは教わる事が出来そうもない別の「イエス像」を、活き活きと浮き彫りにしてくれている。実に良い本だった。
この本に書いてある内容を納得するということは、キリスト教会に対する信仰を損なう事に通ずるので、欧米ではなかなか受け入れられなかった本だろうなと思う。

今日のヴァイオリン・リサイタル

Gringolts_m
先日N響とコルンゴルトのコンチェルトを共演したソリスト、イリア・グリンゴルツ氏のソロ・リサイタルに行ってきた。文字 通りの「ソロ」で、すべて無伴奏の独奏バイオリン曲。バッハやパガニーニは定番として、エリオット・カーターの作品(無調の現代音楽)も演奏していて、バ ラエティーに富んだ内容で楽しめた。
第1印象、とにかく音色がきれい。第2印象、表現が伸び伸びとして「自由」に弾きたいように弾いている感じ。
そして第3印 象「とにかく、うまい。巧すぎる!」
鶴ちゃんは若い頃、東京芸大生だった姉のバイオリンを常に耳にしていたが、その水準を遥かに超えている。さすがは、パガニーニコンクールの優勝者だ。いや はや、人間の能力なんですごいものだ。
使っていたバイオリンは何だったのだろう?ストラディバリではないようにも見えたのだが・・・・

この日の演奏は、NHKーFMの「ベスト・オブ・クラシック」という番組(平日の19:30~)で、放送される予定だそうだ。

「就職難」というひずみ

就職難に対応する為?、「就職では新卒が有利」なため、今年就職を果たせなかった学生が来年も「新卒」で就職活動が出来るように「希望留年」を認める大学 がある事が毎日新聞の記事に出ていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100314-00000040-mai-soci

ますますおかしな世の中になってゆくな・・・との思いがする。
私個人の考えでは、1年後では無く「半年後の就職」を考えて欲しい。

というか、「卒業してすぐに就職するのが当たり前」という社会ではなく「卒業後に就職活動を始めて半年後くらいに就職出来れば良い」というのが当 たり前な世の中になって欲しい。「学生の間に学業をおろそかにしながら就職活動する」のが当たり前な今の世の中を、私はおかしいと思っている。
大学が学生の就職の心配をするのが当たり前なのも、やはり「おかしい」部類に入ると思う。大学は学生の学業の心配をするのが本業なはずでは?。

「大学卒業後の半年を就職活動期間に充てる」これが当たり前な世の中になれば良いだろうと思う。(社会の制度はそうかんたんには変らない とは思うが。)
企業側が採用時期を春と秋に設定する・・・そういう企業がだんだん増えてゆき、
「春の採用は4年間フルに勉強していなかったカスをつかむ可能性が 高い」と優良企業が敬遠するようになる・・・
そのような段階をふめば、私の描くような状況に変ることも可能かもしれない。

世の中で「当たり前」と思われる事に疑問を抱き、もっと良い状況に出来ないだろうか?と考える人がたくさん出て来て、出来る事から行動を起こさなくてはな らない。・・・私は大して何も出来ないが。

マタロンでした

「マカロン」かと聞き違えて、一生懸命ネットで探したけれども見つからなかった(試してみると解る)作曲家・・・正解は「マタロン」でした。
martMatalon
2005年の永野英樹さんのリサイタル、シューベルトやデュティーユのソナタの他に、ある現代作品を1曲弾いたのだが、「なかなか良い曲じゃん」との印象だけが残っていた。昨年、東京文化会館小ホールで永野さんにお会いした時「あの時の現代曲はどういう作曲家の作品だったのですか?」と教えてもらい、マカロン・・・と思って探したのだ。聞き違いでした。
この、マルティン・マタロンという作曲家はアルゼンチン出身の作曲家で、パリで活躍しているようだ。
永野さんの弾いたピアノ曲は無調の現代音楽だったけれど、鶴ちゃんとしては「なかなか良い曲じゃん」と、印象に残っていたのだ。無調ではあるけれど、楽想がというか・・・音楽から感ずるものが、伝統有る西洋音楽に通じていると感じたのだ。音楽が人になにかを伝えるとしたら、それは表現技術とかいったものとは別の何かがあるのでは?
(まとまらないけれど、お出かけの時間だからこの辺で)

マタロンのホームページはこちら
http://www.martinmatalon.com/

本日のコルンゴルト

Gringolts_m
久しぶりにコルンゴルトのバイオリン協奏曲を実演で聴いた。オーケストラはNHK交響楽団、ソリストはイリア・グリンゴルツ。16才でパガニーニコンクールに優勝した俊英で、まだ20代だ。(28くらい?)コルンゴルトのコンチェルトはCDや実演で10種類以上の演奏を聴いている。今日の演奏はとても「美しい」演奏だったと思う。問題は第3楽章で、テンポに関してソリストとオケとの呼吸が合っていないように感じた。3日前に東京に来たばかりで、十分な合わせが出来ていないせいもあるだろう。この後鳥取や広島でも演奏する予定らしいので、だんだん良くなるのかも。
私が推察するに、会場のオーチャードホールの残響特性に問題が有ったのではないだろうか?あのホールはステージの天井がかなり高く、残響時間が遅めなのである。オーケストラの響きならそれでもなんとかなるのかも知れないが、バイオリンの独奏などには、遅すぎる残響は良くないような気がする、早いパッセージを弾いても、客席に明瞭に聴こえにくいのだ。その事を計算に入れてのことか、彼は独奏主体のところでどちらかと言うとテンポを抑えめに演奏していたように思われる。CDなどでは、この曲の第3楽章でオーケストラがソロよりも遅くなる(まずい)例が多いのだが・・・今日は珍しく、その逆の例を聴く事になった。
写真は独奏者のグリンゴルツ氏によるソロリサイタル(16日)のチラシだ。

グリンゴルツさんのホームページはこちら

著作権法

著作権法は国によって異なり、欧米では死後70年の保護期間となっているが、日本では音楽家の著作権保護期間は死後50年だ。欧米から70年にしろ・・・との圧力も有るらしい。
で、鶴ちゃんの大好きなコルンゴルトは死後52年経っている。あまり有名な作曲家ではないので、出版されている楽譜も歌曲の他、バイオリン協奏曲、交響曲などの代表作に限られている。オペラでは2作目の「ヴィオランタ」がなかなか素敵な曲で、鶴ちゃんは有名な「死の都」(第3作目)よりも好きなのだ。CDもしばらく入手困難だったのが、今は入手可能になっている。
そして、楽譜が出版されていないのがなんとも残念だった。一昨年ロンドンに行ったおり、国立図書館で閲覧しようと試みたが、外国人旅行者の身では閲覧は叶わなかった。
しかし、思いがけずインターネットで閲覧できるサイトが有ることが解った。
著作権の切れた作品(P.D.)のみを提供するサイト、とうたっているがコルンゴルトは前述の理由で、日本では著作権フリーかも知れないが欧米ではまだ保護期間なのだ。
だから、欧米の人向けには「あなたの国の著作権法を守って下さい」と警告文を掲載しているのだが・・・

ともあれ、念願の「ヴィオランタ」のピアノスコアを見る事が出来た鶴ちゃんは大感激なのである。
Violanta
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